イナタビ

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偽善者のススメ!真の善意でなくても「偽善者マジうざい」と言われても善いことはした方がいい!

   

ボランティア活動への参加やNPO法人の活動の応援が大好きな偽善ブロガーのマサヤ(@masayamuko)です。

僕は小さな頃から「優しい子」と言われ育ってきました。

「自分の人への優しさは偽善なのかどうなのか」ずーっと考えてきました。自分は純粋な優しさではなく、偽善で人に優しく振舞っているのだと思っています。人に優しくすることが自分の為になるとわかった上で人に優しくしている、と。そんな計算高い自分が嫌ですがそれが自分だと認めてやっていくしかなさそうだと最近腑に落ちました。そんな偽善者の声を聞いてください。

理想は純粋に「善い行いをしたい」と心の底から思ってそれをやっていたら”社会に生かされている”というのが理想ですがなかなか自分はそうはなれそうになく、計算高く自分が生きて行くために善い行いをしようとしています。善い行いをしないよりはいいかと自分をなだめています。

そんな偽善者な僕が「偽善とは何なのか、悪いことなのか」を問いました。偽善者として生きていく僕の人生戦略も書いてきます。

偽善者といわれようとも結果的には善いことして周りに感謝されながら楽しく生きていきましょー!!

偽善者の意味

英語において偽善(英: hypocrisy)とは主張と実情の不一致であり、ある信条、規範、美徳を持っていると主張・暗示、または自身で思っていながら実際にはそうではない状態を指す。
引用元: Wikipedia- 偽善

英語での偽善者にあたる言葉「hypocrisy」は、自分が主張していることを自分がしていない状態にあたります。良くある「お前が言うなよ」って状態ですね。主張していることを自分ができてないというやつ。

実際にこの意味での”偽善者”は良くないと思います。自分もそうなっていることは多々あると思いますが気をつけようと思っています。

今回記事に書いている、肯定しようとしている”偽善者”は下記の日本における用法での方です。

日本における偽善者の意味

日本における偽善者はこちらでよく使われていると思います。
本心では自分の利益を考えているので、周りから善意と捉えられるようなことでも「真の善意」でないという場合。日本ではこれも偽善になります。

英語の偽善”hypocrisy”とは違って日本独特の捉え方の様子。

動機の不純さ
ある善行の背景に“善意”以外の要素がある場合、その行為は真の善ではないとするもの。その要素としては「自己満足」、他者によく見られたいという「虚栄・利己心」がよく指摘される。
引用元: Wikipedia- 偽善

「偽善者マジうざい」と言われようが気にしなくていいさ!

「やらない善意よりもやるやる偽善」という言葉があるようです。偽善でもいいことをするのはいいことです。社会にメリットが出ます。例え人に「偽善者マジうざい」と言われようが、真の狙いが自分の利益であろうがいいことはしたほうがいいと信じています。

いいことは していきましょう!

自分がしていることが「偽善かどうか」が問題ではない

この記事にたどり着いた人は自分がしていることが偽善なのかどうか気になることが多いと思います。
実際、大事なのは偽善かどうかではありません。その行動の真意が心の善意であるかそれとも私益のためであるかは関係がないく、大事なのはその行為が他人や社会にとってメリットなのかどうかだと思います。

人のため、社会のためになっているのならそれはしたほうがいいことで。人になんて言われようが自信を持ってやっていくべきだと思います。僕もそうしていきます。(自分にも言い聞かせてますw)

自分が人や社会のためにいいことをしようとする理由

僕はボランティア活動をしたり、NPOや社会貢献を目的としている個人・団体さんのお手伝いをしたり、知らない人や初対面の人にもよく接しようと心がけています。これは僕が優しい人だからではなくて、人に優しくすることが回り回って自分にとって利益となるということを知った上での偽善です。

接する人に対して優しくある理由


自分は初対面の人に対して優しくあろうとするし、短期的な損得で考えず目先の利益を度外視してギブしようと努力しています。

例えば、格安SIMへの移行の方法がわからないから教えてと言われれば自分の知っている知識+ググってでも情報をまとめて教えようとしますし、ブログでこれがわからないんですと言われればその相談に乗ったりします。特に人とサシで話すときはなんでも提供できるものは提供しようと努めます。

これは僕がいい人だからではなくて、相手といい関係を構築することに繋がったり、人に紹介してもらうきっかけになったりして、めぐりめぐって自分に返ってくるとわかっているからです。偽善です。

人にいいことしておけばどこかで帰ってくると実体験を持って知っているので人によく接しようと思えています。

社会的な活動に関わる理由

僕はNPOなどの社会問題にコミットした活動をされているところが大好きで、よく活動に関わっています。

これもまた、営利企業のように利益を第一優先で考えるのでなく、社会をよくする活動を第一優先で考える組織はお金じゃない素敵なものが得られます。優しい人が集まっていて素敵な出会いが多かったりだとか、多くの方から感謝の気持ちをもらえるといったものです。

自分が社会にとって役に立てているという実感とともに、素敵な出会いと多くの方に応援されるという感覚を得ることができます。本当に素敵。これが得られるから、自分の利益のために社会的な活動に関わります。

人の善意にたくさん触れられて、得られるものがある。

消費の世界でも「社会に良い」が選ばれる「マーケティング3.0」


コトラーのマーケティング3.0 ソーシャル・メディア時代の新法則

これは自分の解釈の上での話ですが、マーケティング3.0で提唱されているものが今後もっともっと認められて行くものと思っています。(自分の解釈が合っていれば)

マーケティング1.0は「製品」を中心にされていたもので、安く大量に作って商品自体を売り込めば売れた時
物がなかった時代なので作れば売れた時代

マーケティング2.0は「消費者」を中心に、特定の分野に絞って他の製品と比べられる時
製品のストーリーや他製品よりも自分に合っているかが重要とされる時代

マーケティング3.0は「価値」を中心に、自分たちの生活だけでなく、社会をどうよくするかまで踏まえてものが売れる時がくる(きた?)といわれています。

マーケティング1.0 , 2.0を踏まえた上で、さらにその消費が「社会貢献に繋がるか」「自分たちの暮らしにどのような価値を見いだせるか」が重要になってくるという意味です。

金銭よりも先に「社会のため」を第一に活動しているNPO法人のような団体は、この先もっともっと目を向けられると思います。

ここを考えて、僕は個人としては基本、そこを見れている企業・団体さんからしか仕事をいただかないことにしています。

仕事をいただいている会社さんはそれぞれ収益を
・施設児童の子供達へ留学をプレゼント!
・アフリカの学校建設や井戸掘りといった活動!
といったものに充てている(充てていく)企業さんです。

詳しくは → ブログのおかげで得た僕のフリーランスとしての仕事|2017年の活動予定!

僕と偽善の歴史

小さなころ自分が人に優しくあった理由

小さな頃から優しいと言われてきたので自分で自分が”優しい人”という認識が強かったです。これは多分、人に優しくすると両親や周りの人が「やさしいねー」って褒めてくれたからこうなったのではないかと思います。

これもきっと人に優しくすることで褒められるというメリットを享受できていたから僕は優しくあろうとしていたんだろうな。この時点で偽善者だったんだろうなー

「偽善者ぶるな」と言われた高校生

高校のころ、友人と喧嘩した時に
「人にいい顔ばっかすんなよ、偽善者め!」
「偽善者ぶるな」
「偽善者マジうざい」
と言われたことがあります。

恥ずかしながらそれまで”偽善”という言葉を知らなかったです。
ここで初めて知りました。

この頃、人に優しくする理由とか、本当の善意についてとかはじめていろいろ考えました。
自分が偽善者だとわかってショックでした。でもほんとに自分は偽善者でした。

大学生の時、JICAの震災ボランティアに参加

この頃は、「本当の善意の上での行動なんてない」と本気で思っていました。でも、みんな本当に善意で動いている人ばかりで、全然自分の利益のためでなくて本当にびっくりしました。そして自分はこうはなれないと実感した時でもあります。

ここで自分はどうやったら本当の善意を持って行動できるかなーとすごく悩みました。

社会人になってボランティア活動を始めた

この時、偽善でもいいことをした方がいいという結論に至りました。
なんと言われようと自分がいいと思ったことをして、その先で狙った通り自分にもメリットが出す。それはそれで素敵だと思えるようになりました。

しない善意よりやる偽善。これがテーマです。
これからも偽善で自分のために、人のため社会のため自分ができることを思いっきりしていきます。

この記事が自分と同じように偽善、本当の善意、について悩んでいる人のところに届いて何かしら考えるきっかけになったら嬉しいなと思います。最後まで読んでくださってありがとうございました。

まとめ

言ってるくせに行動が伴っていない「偽善」はやめよう。

日本的な「偽善」に対しては、
「しない善意よりやる偽善」自分がいいと思ったことは偽善と言われようが気にせずしよう!

“人のために動くと自分に返ってくる”それをわかった上で計算高く「偽善」で善意ある行動をしたとしてもそれは社会や人のためになることには違いない。ガンガンしていこう!!

 - オピニオン